話し手

浅山先生

社会保険労務士/エフピオ代表

慶應義塾大学法学部卒業。1995年11月1日に前身となる浅山社会保険労務士事務所設立。その後2020年10月28日に社会保険労務士法人エフピオを設立。

聞き手

リクライブ二宮

リクライブ編集長

「台本なし一発撮り」でつくる採用広報コンテンツ制作『リクライブ®』編集長・デザイナー。

本日もシーズン2スタート!でも、もう終わります。

おはようございます。エフピオ浅山の「運がいいラヂオ」シーズン2スタートです。と言いながら、もう終わるんですけどね。

「前回話しすぎたんで、もうネタなくないですか」って二宮さんに言われながら、今日はちょっと陰気くさい雑談をしていいですか。
僕は昭和38年生まれなんです。厄年みたいなものはもう終わったと思っていたんですが、この前神社に行ったら「今年は八方塞がりですよ」と言われたんですよ。

昭和38年生まれは四方八方塞がり

僕は昭和38年生まれ、つまり1963年生まれですね。今年63歳になる年なんですけど、この年代は八方塞がりなんだそうです。もちろん意味はいろいろあるんですけど、今年に入ってから自分の周りでいろんなことが起きていて、なんとなくその言葉を思い出してしまうんですよね。

ただ、僕自身に何か起きているわけじゃないんです。むしろ自分の周りの人たちにいろんな出来事が起きている、そんな感じなんです。
たとえば僕の長男が、肺気腫ってあるじゃないですか。あれで息が苦しくなってしまって、息ができなくなるような状態になって、救急車を呼んで入院することが1月にあったんです。

八方塞がりって自分に起きることをイメージしますけど、僕の場合はそうじゃなくて、身の回りの人にいろんなことが起きている感じなんですよね。

だから本来の意味とは違うんだけど、四方八方でいろんな出来事が起きている、そんな感覚なんです。
それだけじゃなくて、うちの犬も急にけいれんを起こしたんです。突然体が震えて、2〜3分くらいけいれんして、そのあと倒れて泡を吹いたりして。すぐ病院に連れて行って大丈夫ではあったんですけど、もともと持病のある犬なんですよね。
それでまた薬が強くなったりとかして、やっぱり心配な出来事でした。こういうことが続くと、やっぱり周りでいろんなことが起きているなって感じます。

母の緊急搬送の電話

さらに京都にいる母親が、1月に緊急搬送されたんです。
朝、病院から電話がかかってきて「お母さんが救急搬送されました」と言われました。
血糖値が5、体温が31度、心拍数もかなり下がっているという状況で「息子さんは千葉にいらっしゃるから京都まで時間がかかると思いますが、万が一のことがあるかもしれません」と言われたんです。延命されますか、されませんか、という話が出るくらいの状態でした。

京都へ行って、いろいろ処置をしてもらって、なんとか命は取り止めました。
ブドウ糖を打って血糖値を上げて、少し元気にはなってきているんですが、歩けなくなってしまっているんです。母はサービス付き高齢者向け住宅に住んでいるんですが、そこは基本的に自分で生活することが前提なんですよね。サポートはしてくれるけど、自立して生活することが前提。でも歩けなくなると、その前提が崩れてしまうんです。
京都にお見舞いに行くと、母はベッドの上で寝巻きを着て寝ているんですよ。
それだけなんですよね。今までいろんなものを買ったり、いろんな生活があったはずなのに、最後は寝巻きを着てベッドに横たわる姿なんだなと思うと、なんとも言えない気持ちになります。うちは大した家じゃないですけど、それでも最後の姿がそれなんだなと思うと、なんか「人って最後はこれか」という感じがしてしまうんです。
しかも母は頭がしっかりしているんです。
だから自分の状況が全部分かっていて「迷惑ばかりかけてごめんね」と僕に謝るんですよ。

でも自分で命を絶つなんて選択はもちろんない。だから「ごめんなさい」と言い続けるしかない。そういう姿を見ていると、僕もいつかそうなるのかなって考えてしまうんです。

人生で何をしておくべきか

そうなると、これから自分がそういう状態になるまでに、僕は何をしておくと自分の人生にとって一番いいんだろうって考えるようになりました。

ここ1月から2月にかけて、いろんなことがあって。八方塞がりというより、四方八方でいろんなことが起きている。自分だけはマラソンに出たり元気なんですけど、なんだか切ないなと思う出来事が続いている、というのが年初から続いてるのがプライベートですね。

そうなってくると、手放しに「仕事だけ頑張ろう」という気持ちにもなかなかなれないんですよね。母は体は動かないけど頭はしっかりしている。そういう状態になったとき、人生の意味って何なんだろうと考えてしまいます。お金を貯めるとかそういう話じゃなくて、結局残るのは色んな経験とか思い出なんじゃないかなと思うんです。
僕は本当に仕事中心の人生を送ってきました。
でもこれからは、今までやったことのないことに挑戦したり、いろんな体験をしていくことも大事なのかなと思いました。仕事ももちろん素晴らしい時間だったんだけどね。
もし将来、体が動かなくなったとしても、思い出せる経験がたくさんあれば、それが生きている時間になるんじゃないかと思うんです。

親との時間は意外と短い

お見舞いに行っても、ずっと横にいられるわけじゃないんですよね。30分くらいいると、もう話すこともなくなってしまう。京都へ泊まりで行った日に30分、次の日に30分。
そう考えると、母との時間って実際にはすごく限られているんだなと思います。何年も生きるかもしれないけど、関係としての時間はそんなに長くないのかもしれないなって。

次回はいよいよ最終回

そんな話をしていたら、この番組も次回が最終回なんですよね。
最終回って何を話すのか難しいんですけど、これまで聞いてくださった方への感謝とか、これからの話とか、そんなことを話せたらいいんじゃないかと、二宮さんが言ってくれたんです。それと、こうしてラジオで声が残っているっていうのは、残された人にとっては資産かもしれないですよねとも言ってくれました。
家族とか親戚とか、後で声を聞いたときに思い出すことができる。そういう意味では、こうして残っているのは面白いことだなと思いました。

ということで、この番組もあと1回です。その前に僕は1週間バンコクに行く予定なんですけど、服部がラジオ頑張ってくれてるので、マイクは持っていけないから収録はできません。本当にあと1回ですね。最後はいつも通り、普通にやって普通に終わろうかなと思います。ということで、また来週お会いしましょう。

それでは皆さん、今日も元気にいってらっしゃい!